“ねぇねぇ あのね…”(原本改訂版)20200530

 

 

ねぇねぇ あのね…
いつものように 君が僕に話しかけてくる

昨日の出来事を 思いつくだけ話す君がとてもかわいくて…
瞳をキラキラ 輝かせて 髪を指先に からませながら 

そ・し・て…

ねぇねぇ あのね…ねぇねぇ ホントはね…
ねぇねぇ あのね…君が笑い かけてくる


ねぇねぇ あのね…
いつのまにか 君の口癖 僕にうつったみたいさ

二人で顔合わせ 吹き出し笑えば 街行く人が 僕らを振り返る
髪をサラサラ 風になびかせ スカートヒラヒラ 両手で押さえ 
  
それ・で・も…

ねぇねぇ あのね…ねぇねぇ ホントはね…
ねぇねぇ あのね…君が笑いかけてくる


ねぇねぇ あのね…ねぇねぇ ホントはね…
ねぇねぇ あのね…ねぇねぇ … … …

 
 
 
 

当時,私は長い入院生活を某国立病院の第3病棟,607号室で過ごしていました。
同じ病棟にナオちゃんという5歳の女の子が私と同じ病気で入院していました。
遊び盛りの5歳という年齢なのに…少し動くとハァハァ…と息が上がってしまい
いつもゆっくりゆっくりと歩いて私の病室に遊びに来てくれていました。
私が横になって本を読んでいると…おかっぱ頭の上の方だけがベッドの横に
ゆっくりと現れてきて…次ぎにベットの縁に二つのお手てが見えて…
  
ナオちゃんを抱え上げベットにのせてあげると…キラキラと瞳を輝かせながら

   “ねぇねぇ あのね…”

昨日の出来事…さっき食べたお菓子の事…看護師さんの事…
注射の事…点滴のこと…新しいパジャマの事…
次から次へと…嬉しそうに…一生懸命話をしてくれていました。

ナオちゃんの姿が見えなくなるときっといつもの所と見当を付けて
お母さんが呼びに来るか…お昼ご飯の時間まではナオちゃんの
お話タイムです。  
看護婦さんも一緒になって耳を傾けたりしながら時にはお唄の時間にも…
607号室はさながら保育園か託児所状態だったような気がします。

しばらくすると私の手術の日程が決まりました。
ナオちゃんよりも私は早く手術を受けることになりました…
何も知らないナオちゃんはその手術当日の朝もいつものように

   “ねぇねぇ あのね…”

と,私のベッドにやってきました。
お母さんがすぐに飛んできて…

    “今日は大事なご用があるからお話はだめなんだよ!”

少し強い口調の言葉にびっくりしたのかナオちゃんは泣き始めてしまい

    “お話…したい…したい…したかった…”

と,何度も何度も嗚咽の中でそう言いながら母親に諭され抱えられ自分のベッドのある部屋に戻って行きました。
私は次々と自分の体に施される処置に少し緊張してたのか…麻酔のせいなのか
ナオちゃんの嗚咽を頭の片隅で聞きながらも…あのキラキラとした瞳と目を合わせる事も出来ず…ストレッチャーにのせられ…病室を後にしました。
 
 

手術が終わり…その後のICU…
そして元の607号室に戻るまでに2週間くらいかかったでしょうか…
607号室に戻るとそこには私の知っている顔は二人しかいません。
部屋に戻った翌朝になってもナオちゃんがいつものように現れることは
ありませんでした。 その翌日も…そのまた翌日も。
病室に戻ったとしても手術後の痛みが続いていた私は自分の具合に
気をつかってナオちゃんをこさせないようにしてるのか…とも思っていましたが
我慢できず私の母親にその事を聞いてみました。
すると…母親はこういいました。

  “順番順番 今はナオちゃんが手術してICUに入っているんだよ”

ほっとして…

   “それじゃ!もうすぐ元気になるんだねナオちゃんも!!”

   “うんうん ふたりとも! 一緒に元気になれるといいね”

そんな会話をして…

でも…暑い夏の季節はあっと言う間に過ぎ…私の退院日になってもナオちゃんは
607号室に戻ってくることはありませんでした。
母親の話では体力が戻るまで暫くかかるから…というその言葉を信じ…

   “それじゃ,ここに戻ってきたら家に連絡してもらってお見舞いに来ようね”

そう言ってお世話になった看護婦さんに連絡先の電話番号と住所を書いた紙を渡して…
執刀医の先生や病室の人達に見送られながら一生懸命手を振り病院を後にしました。






結局…その後、何の連絡もないまま時は流れ…
2年後,私が手術をした記念日祝いの日,母にナオちゃんのことを聞いてみました
術後の経過が悪く入院が秋まで長引いたものの,なんとか持ち直して退院し
四国の実家に帰ったナオちゃん。
当時の私の歳になる前に永眠された事を母親から聞かされました。

今でも私は自分の手術記念日の日になると
おかっぱ頭の上の方だけがベッドの横にゆっくりと現れてきて…次ぎにベットの縁に二つのお手てが見えて…
 
   “ねぇねぇ あのね…”   って声が聞こえてくる気がします。



一緒に街を歩くことさえ一度も出来なかったけど…生きていればきっと今頃こんな感じかな?…そんな想いを書いてみたのが冒頭の詩です。